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どうもありがとうございましたm(_ _)m

復興支援隊


来て下さるみなさまへ

みなさま、今回の義父のことでは
鍵コメント、鍵拍手コメントを含め
沢山の心温まるお悔やみの言葉を頂き
本当にありがとうございましたm(_ _)m
この場をお借りして、
感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
みなさまのお心遣い、嬉しかったです。
どうもありがとうございましたm(_ _)m

義父が亡くなってから10日が経ちました。
シリーズも終わりましたので
ここで、少しだけお話させて下さい。

同居の義父は、旦那Eちゃんの父親ですが
とても浮世離れした人で
家族には、たぶん普通の家族に訪れた
父親の死ではない
何かほかの感情が生まれているのではないかと思います。

私も最愛の父を亡くしていますが、
これは違うなあ・・・・・・・
と、
思わずにはいられません。

しかし、人ひとり亡くなるということは
これほどまでに大変なことだったのかと
同居していた人を送り出して初めて知りました。

父が亡くなった時、私はもう結婚していて
横浜から、決してスープの冷めない距離では無い
隣県で、しかもエリアの違う静岡県の
西の端、H市に住んでいましたし
小学生の娘もすでにおりましたので
(長女のMOは小学校3年生MSは3歳でした。)
いつまでも一緒に実家で悲しんでいる訳にはいかず
後ろ髪轢かれる思いで泣きながら帰り
ああ、この家には私以外の人は
同じように悲しみに暮れてくれる人はいないのだと
帰り着いてなお孤独感に苛まれたりしました。

父は優しくて暖かくて大きな人でしたので
大好きで大好きで・・・・・・・
親不孝なことですが、
子どもの頃から自分の方が先に死んでしまいたい。
とさえ思っていたくらい大好きな父でした。
家族のだれもがそう思っていたので
51歳で亡くなってしまった父に対しての
かなしみは、いつまでもいつまでも続きました。

母は、あまり幸せではない生い立ちを送り
大好きな父と出逢ってからは
とにかく父一筋で、
子どもである自分たちが飽きれるほど
相思相愛で仲が良かったので、
父が居なくなってからの荒れた状態は
思い出すのも嫌なほどひどかったのです。

彼女の心は、今思えば壊れてしまっていたのでしょう
「あんたは私たちを置いて
自分だけ楽しい我が家に帰ったんでしょ???」
などと、ことあるごとに私を責め
あまりの激烈さ、理不尽さに
一時期は親子の縁を切ろうとさえ思ったことがありました。

私たちを置いて逝ってしまった
父を恨んだことさえありました。
父だって、いえ、父の方こそ
どんなにか悲しく辛かっただろうと思うのにね。

でも、今思えばあの時私はただただ悲しいだけだった。
哀しんでいれば良かった・・・・・・・


知りませんでした。
あの時、実家に残っていた母や妹や弟には
かなしみのさなか、
こんなに大変な作業をしていたなんて。


もちろん、父と義父とでは真反対と言えるような
性格や生活の違いもあったので
全く同じとは言いませんが、
亡くなった事後処理が
これほどとは思っていませんでした。

人間の想像の限界を思い知りました。
あの時、横浜に残して行った人たちに
母や妹や弟に、
今更ながら申し訳ない気持ちがおこるほどに。

あの時、ごめんね。
しょうがなかったとはいえ、
そう思われても仕方ないくらい大変だったんだよね。
ごめんね、ごめんね・・・・・・・・


さて、私の住んでいるH市の南部は
決して見た目それほど田舎という訳ではありません。
新幹線の架線のすぐ横に住居が有り
JRの駅まで徒歩でも行けるほどですが、
やはり田舎はは田舎なんですね。
私は、
それこそ、ひょっとしたらそっちの方が異質だったかな?
と思えるほど隣近所との関係が希薄な
横浜の新興住宅地で育ちました。

裏の家にだれが住んでるのかも知らないし、
隣の隣でお葬式が出ても
付き合いが無ければ、誰か亡くなったのかな???
くらいで、特に気にも留めないような・・・・・
そんな場所。

だから、結婚して、この地に来てからは
カルチャーショックの連続で
初めの5年くらいは、帰りたくて帰りたくて・・・・・

でも、父が亡くなったこともあり、
諦めにも近い気持ちで
この地に骨をうずめることになるんだろうな・・・・・
と漠然と思いつつ
町内の付き合い等にも(子供会も町内の祭りも
寄合も、すべて初めてのもので
嫌で嫌で仕方ありませんでしたが)
参加するようになりました。

バレーボールも、
仲間同士で集まって同好会のようにやるものではなく
町内のレクリエーションとしてのチームなので
町単位で、自治会費もなにがしか出ている活動です。

義父がいよいよ危なくなったのは
9月も半ば過ぎてからでしたが
キャプテンをしている友人に
「10月の試合はどうするの??
四十九日過ぎるまでは出たら白い目で見られるよ??
知ってるよね??」
と言われ、びっくり!!

10月後半の3週分の日曜はすべて試合の予定。
特に予定しているスケジュールが
かぶっていなかったのでつい失念していましたが
まあ、考えてみれば前日とか当日とか
いきなりとなれば今回9人ぎりぎりで出場なので
確かに困る。

でも、四十九日云々は初めて聞いた・・・・・・
「私たちチーム全員が白い目で見られる。
そういうこと、考えて欲しかった。」
なんて言われても、そんな慣習知らないもの・・・・・

確かに田舎だからあるようなバレーボールだし、
そんな田舎の慣習には従わなければ
”白い目で見られる”と言うのだったら
無理に出場することもありません。
(ちなみに、義母もH市出身で無いし
自分の兄弟親族にも聞いてくれましたが
そんな慣習聞いたこともない!!と言っていましたが・・
みなさんの地域でもそういうのあるのかな??)

色々悩んだ末、
義父がまだいつ逝くか分からない状況だった
9月後半のある日、今年いっぱい休部する旨伝えました。

正直、四十九日がどうのとか言われて
めんどくさかった・・・・・・

もう、完全に辞めちゃっても良いや。
バレーボール・・・・・・・
ちょっと、そんな風にも思っちゃったりしてます(^0^;)\
あ~あ・・・・・・・

でも、四十九日がどうのより、
確かにこんなに大変だと思っても居なかったので
(隣近所にも葬祭場でやるにも拘らず
未だに通夜、葬式の手伝いを親族自らお願いに上がらなければ
あとから、『あの家は手伝いを頼みに来なかった。』
と、それこそ白い目で見られるそうです・・・・・・
義母も知らずにいてびっくり!!
亡くなった晩、雨の中5人の手伝い人を集めろと
顔役に言われ、頼みに走り回った義母は可哀想でした。)

悪いけど、田舎ってめんどくさい・・・・・・・

そして、
これは田舎だろうと都会だろうと変わらないと思いますが
数々の手続き、書類の山・・・・・・・・・

田舎ならではのこれから行われるであろう儀式の数々・・・
(義父は、この手のもの一切やったことが無かったので
自分が亡くなって家族がこんな大変な思いをするってことを
全く知らないまま一生を全うしましたが・・・)

そして、
片付け下手で(というか片付けが出来ない)
コレクターだった義父は家の中中を
モノで埋め尽くしていました。
自分の部屋はおろか居間も応接間も家族の部屋も
全てに彼の所有物がわずかな隙間も許さないばかりに
埋め尽くしていました。

10年くらい前に録ったVHSのビデオテープが
少なく見積もっても千本・・・・・
(結構重いので14~5本ずつに分けて
ここでは燃えるごみとして出します。
一体いつになったら全部出し切れるのか・・・・・)
私たちには価値を感じられない高い書籍が数千冊・・・・・
中には良い本もありますがね・・・・・・

撮りっぱなしで整理が全くされていない
アナログ時代の写真がネガも含めて数万枚。
(ネガだけで45ℓのごみ袋1袋分ありました)

要るものも要らないものもすべて
放り込まれたカオスな段ボール箱が
家の角中に天井までうず高く詰めれていて
Eちゃんが全部開けて中を調べながら
名簿や封筒等をシュレッダーにかけた物が
やっとEちゃん曰く1%片付けた状態で
前述と同じゴミ袋2つ分・・・・・・・・
(電動シュレッダー買に行きましたよ・・・・・・)

義父の趣味だった木目込み人形、
作りかけのものも含めて数十体・・・・・・・
(完成品はアメリカに送ったら喜んでもらえるかな??)

その他、様々な物!物!物!


都会の一般的家屋よりは広めの家とはいえ
7人の人間が住んでいてモノで埋め尽くされている状態は
本当にうんざりします。

自分もモノLOVEな方ではあるので
気持ちは分からないではないですが、
死んでからモノは持っていけませんからね・・・・・・

義父は最後の入院をする前日も
1万円もする本を買ってましたが、
あれ、1回でも開いて見れたのかな??

私的には(モノLOVEなので)断舎離は、ちょっと・・・・
と思ってはいましたが、
この物量を片付けるのは本当に大変で・・・
たぶん、5人家族の引っ越しくらいは大変(笑)
片付けても片付けても終わらない状況です。
自分も、これを機にちょっと片付けないとな・・・・・
と思ってしまいました。
まあ、ほとんど捨てられないけど整理くらいは・・・・
今まで1階は義父のモノだらけだったので
何もかも2階の自分たちの部屋に積み込んでいましたが
食器類くらいは下に持っていけるかな・・・???


という訳なので、
言い訳めいていて申し訳ありませんが、
今しばらくはコメント頂いたお返事と
みなさまのブログを読ませて頂いてのポチ巡り
で、精一杯です。
時にはコメントさせて頂くこともあるかと思いますが
常態の様には時間的物理的に出来かねる状況です。

本当に申し訳ありませんが、
今しばらく
以前の様にコメント差し上げることは適いません。
いずれ、片付けが済んで
以前の様に皆様と楽しい交流が出来る日も来るかと思います。
その日までお待ちいただけますでしょうか???

我儘でごめんなさいm(_ _)m
本当にごめんなさい・・・・・・・・・・・

今回はコメント欄を閉じさせて頂きますね。
次回からはいつもと同じように
しょーもない記事をUPさせて頂きます(^-^;)


みなさま!!!
いつもいつも本当に・・・・・
本当にどうもありがとうございます!!!
皆様の力が、心が
力になっています!!!
本当に本当にありがとう!!!!!!
こんな、私ですが、
よろしければ・・・・
本当によろしければ・・・
これからも
よろしくお願いいたします・・・・・・


m(_ _)m
かじぺた

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