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8年が経ちました・・・

2019年3月11日午後2時46分18秒
あれから毎年の長いサイレンが鳴りました。

黙祷を終え

この文章を書き始めました。
また今年もあの日が巡ってきました・・・・・・
毎年、
毎年・・・・・・・
黙祷をするたびに、あの日の気持ちが甦ってきて
涙が出ます・・・・・

8年。
8年が経ったのですね・・・・・・

あの年には次女の大学入学があり
入学式は急遽、見送られることになったことを
覚えています。
その次女は会社員として働き始めて
もう4年になりました・・・

8年と云うのは生まれた子供が2年生になり九九を覚え
8歳だった子供が高校生になる。
そういう年月ですが、

きっと、大切な方を、家を、想い出を失った方にとっては
あの日を昨日の事の様に感じ、
心の傷は今でも血を流し続けていて・・・
だけど、前を向くために
その痛みを覆い隠して一生懸命生きて居られる事だと思います。

今、テレビでは津波の映像が流されています。
あの日、
大地が揺れ海が襲って来た・・・・・
今でも、なんで??
なんで???
と、胸がつぶれそうな思いがします。
悪夢なら、どんなにか良かったのに・・・
あれは現実だったと信じたくは無いけど
寝て起きても、やっぱりあれは現実だったと
被災された方々の事を考えると
本当に本当に、やりきれない気持ちに苛まれます。

2019年3月11日現在でのまとめでは
亡くなられた方が1万5897人
未だに見つからない方が2533人も
いらっしゃるそうです。

流されたり倒壊したりで失なわれた家屋は
12万1990戸
住めるか住めないかは問わずですが
半壊の家屋は
28万2900戸にも上るそうです。

仮設住宅にお住まいの方は
震災当時
岩手県では3万1728人
宮城県では5万3301人
福島県では3万3016人
いらしたそうですが
2019年3月現在では
岩手1969人、宮城388人、福島では716人まで
仮設住宅で暮らす方は減ったそうです。

でも、未だに3073人の方々が
不自由な仮設住宅暮らしを強いられているんです。

お一人お一人のご苦労や辛いお気持ちを考えると
1日も早く
みなさんが普通のお家に移れる日が来ることを
願ってやみません・・・

雇用は東北3県で震災以前より初めてプラスに転じたそうで
それはとても喜ばしいことですが
一方で人口は減少し続けているそうです。

福島の原発事故にともなう帰還困難区域

今でも事故を起こした福島原発では
その時のまま錆と汚れた水にまみれています。

時々、小出しに伝えられる現在の原発のあの惨状を見ると
こうして電力を使っていることと
とはいえ蝋燭や菜種油を灯し
暗くなれば手元を見るのも覚束なかった時代に戻ることは
事実上不可能であるということ・・・・・
文明の発展、近代化というお題目のために
放射性廃棄物の処理や危険に対する処し方を
先送りにしてきてしまったことに対する
人間の業の深さにおののくとともに
自身の浅薄さにも落胆と恐怖を覚えます。

とはいえ、
昔に戻ることが叶わないなら
私たちは、やはり前を向くことしか出来ません。

被災者の方々は傷を負った心を押して
歯を食いしばって日々頑張っておられます。
被災しなかった私たちが後ろを向く訳には行きません。

地震が起きた時。
津波が来た時。
洪水が、地崩れが・・・・・

平成もあと一月半で終わります。
『平成』という言葉は国内外に戦争や災いが無く
平和は時代になるよう・・・
という願いを籠めて付けられた年号だったそうです。
にも係わらず
平成は世界にとって争いがなくならず
日本国内には天災が引きもきらず訪れた時代でした。

だからこそ、
この数々の災害から畏れ学び、
経験を生かして行かなければなりません。

そして、今を生きる人々は
生活を建て直し
生きて行かなければいけません。

被災しなかった私たちには何が出来るでしょうか。

考えて
そして、できる事を実行して行こうと思います。

あらためて・・・・・・
災害により亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに
頑張っておられる被災者の方々への哀悼の意と
心からのエールをお送り致します。
復興支援隊



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あれから7年・・・・・

あれから7年・・・・・
復興した場所・・・まだまだな場所・・・

復興支援隊
去年の秋
仙台、石巻、女川に行ってきました。
みなさんが避難したという山の上から
みなさんが不安な思いで駆け上がった階段を
変わってしまった町並みを見ました。

どんなにか、どんなにか怖かっただろう
流されていく町を見て絶望しただろう
家族が心配だっただろう・・・・
その時の皆さんの気持ちを思うと
涙が出ました・・・・・・

今日のテレビでやっていた地震防災の特番を視て
想定していなかった
あまりにも巨大な津波に
高さの足らない場所に
まさか足らないとは思わず避難して
亡くなった方、行方不明になった方の
あまりの多さに愕然としました。

我が家も川のすぐそばにあります。
大地震が起こった際の津波到達最終地点と
ほぼ同位置
海からは5~6km程度の場所です。
他地域に住む母や妹弟など親族から
心配されても、
「ここまでは多分大丈夫だよ。
川、曲がってるし
たぶん少しは水位上がるかもしれないけど」
なんて言っていましたが

考えを改めました。

津波は圧倒的な水の質量で建物を破壊し
木々を根こそぎ押し倒し運んできます。
みんな、だいじょうぶだと思っていたはずの場所で
想像を絶する恐怖と共に命を、家族を、友を、家を
大切な大切なあまりに大切なものを失ったのです。

もし、大地震が起きたら
とりあえず、近くの高さ20mのマンションまで
お姑さんと犬を連れて逃げようと思いました。
大丈夫だと思うこと。
過信が人々を殺し
幸せな生活を奪ったという現実
その犠牲を無駄にしないために
未来のために
命を懸けて教訓を残してくださった
被災地の全ての方々に
心からの慰霊と感謝と復興への願いの気持ちを籠めて・・・

鎮魂と再生の日3.11・・・・・・
祈ろう・・・明日のために・・・・・・


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4年

3月11日午後2時46分
1分間の黙とう・・・・・・・・

あれから、
4年が過ぎた・・・・・

あの大地震後
家の末っ子K氏の
高校入試合格発表の日には
福島の原発で水蒸気爆発が起こり

次女のMSの美大の入学式は
余震の危険が懸念され中止になり
余震が続く中、
家具を買いに出来たばかりの横浜IKEAに行って
駐車場で、結構大きな余震が来て
あらためて恐ろしさを感じた・・・・・・

あの日
高校の合格発表だったK氏は
もうじき大学2年になり

美大に入学だったMSは今年卒業予定で
東京に友人と一緒に住むために引っ越しをした・・・
たまたま決まった引っ越し日は
3月11日のPM3時
そう、あの時の地震とほぼ同時刻・・・・・・

おそらくは
被災しなかった自分たちにとっては
瞬く間の4年間であったけど
自分の子供たちの環境が
これだけ変わるだけの時間も過ぎ去った・・・

でも、浪江町等
福島原発の近隣の街は今でも
あの時のまま放置され
目を疑う様な惨状が野ざらしになっている・・・・・

復興していく場所、復興していっている場所
そして、復興のめども立たない場所・・・・・・
増えていく黒い袋・・・・・・・

私達は、どうすることも出来ない
その荒れ果てた寂しい場所に涙するしか出来ないのだろうか?

奮闘をする現場の方々の御苦労に
ただただ黙って首を垂れることしか出来ないのだろうか・・・・・・

頑張っている被災した方々
頑張りすぎている、それでも足りないと歯を食いしばって
頑張って頑張って命を落とす方さえいる現状・・・・・・

傍観者になりゆく被災者でなかった自分たち・・・
歯がゆく、申し訳ない気持ちになる・・・・・


ただ、ただ未来のために祈る。
被災した東北の、東日本の、日本の、
世界の・・・みんなの未来のために祈る・・・・・


犠牲者の方々の魂が
遺された方々の想いが
癒され安らぎを得
いつか、清浄な地で皆が笑って暮らせる日が来ることを・・・

2015年3月11日現在
東日本大震災の被災者の方々へ支援が出来る
おもだった義援金等受付HP


東日本大震災復興支援財団 寄付金によるご支援について

東日本大震災・津波遺児への支援活動に対するご寄付

福島県 ボランティア・寄付金・義援金

東日本大震災ふくしまこども寄附金

宮城県 寄付金及び義援金の窓口

東日本大震災みやぎこども育英募金

いわて防災情報ポータル 被災者を支援する

ハタチ基金/東日本大震災・子供たちを支えるご寄付・募金

復興支援隊

あれから3年が経った・・・

復興支援隊
このバナーはあの3.11東日本大震災の後
被災地に当該していない地域に住む
私達ブロガーが
何か出来ることはないか。と
五黄(ごおう)猫国往来記の、のくにぴゆうさんや
…滔々と?…蕩々と!の憧レ屋総本店(妻)さん、
今はブログを離れていらっしゃる
花木蘭(ファ・ムーラン)さんが
力を合わせて作って下さったものです。

もちろん私たちは
被災者の方と同じ気持ちを共有することは出来ず
出来ることは少なく・・・・・
物的支援や義援金を送ったからと言って
満足など出来ようはずも無く・・・・・
 
哀しく、歯がゆく、切なく
被災された方に寄り添う事も出来ない
やりきれない日々を送りながら
心だけでも示そう!と作って下さった
真心の形でした・・・・・・

あれから3年が経ち・・・・・
震災の時に生まれた子供は3歳に・・・
入学した中学生や高校生は
卒業の年を迎えました・・・・・

日本人は
今までも関東大震災や第二次世界大戦
空襲で焼け野原にされても
原爆を落とされても
阪神大震災等多々の苦難を逞しくはねのけて
必ず復興して来ました。

あの時だって
あんな大きな津波が来なければ・・・・・・
福島の原発が壊れなければ・・・・・・・・
きっと、3年で見違えるように復興して居た筈です。

でも、
誰もが予想もしなかった事態が起こってしまった・・・
悪夢なら良かったのに。と
誰もが思うほどの大災害・・・・・・

大丈夫だと建物の屋上に駆け上がった人々を
無情に押し流し
船を押し上げ・・・・・

福島の原発は未だに明日も見えず・・・・・


でも、手をこまねいていては居られません。

人はどんな不幸な目に遭っても
生きている限りは幸せになるのが仕事です。

私は父が51歳で病を得て亡くなった時に
とてもとても不幸でした。

父は優しくて温かい
家族思いの人でした。
だから、
家族全員、父が大好きだった・・・

父が病気の間の1年間は家族全員不幸のどん底でした。
1年間不幸で不幸で・・・

その不幸は父の死で頂点を迎えました。

悲しくて哀しくて
いつまでも父の死が信じられなくて
後悔する種をほじくり返しては嘆き
みんなどこかが壊れてしまい
遺された家族の仲も荒れ果てるほど
悲しくて哀しくて・・・・・

でも、気付いたのです。

お父さんが病気になって死んじゃったから
みんな、とてもとても悲しくて不幸になったけど
じゃあ、ずっとこのまま不幸なの??
不幸な中でも
一番不幸なことが起こったんだから

私達は一生不幸なまま??


そんなはずはないのです。

父が、

家族のことが大好きだった父が

家族みんなが一生不幸であることを望んでいるはずはなく

私達は立ちあがらなければいけなかった。
自分たちが幸せになるために・・・・・

だって、きっとそれが
父の望みだと思ったから・・・・・


まだまだ先は見えない・・・・・
復興には程遠い・・・・・・・
原発は壊れたまま
直すことはおろか
壊れたまま毒を吐きつづけている

それでも・・・・・・
それでも・・・・・・

みんな!!!
みんなで幸せになろうよ!!!
幸せを目指そうよ!!!!!!
未来を信じようよ!!!!!!



3.11、検索は応援になる。

本日2014年3月11日
Yahoo!検索にて
3.11(必ず半角で)と検索すると
1人に付き10円が
公益財団法人
東日本大震災復興支援財団の「一般寄附金」へ
寄付されるそうです!!!
検索しましょう!!!


その他にも
まだまだたくさんの活動やプロジェクトがあります!!
ご自分に合った支援を見つけてください!!!

Google東日本大震災義援金受付など

復興支援東日本大震災-Yahoo! JAPAN

イノベーション東北

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン

docomo東北復興支援・新生支援「笑顔の架け橋Rainbowプロジェクト」

宮城県義援金窓口

岩手県義援金窓口

福島県義援金窓口

青森県義援金窓口ただし、平成26年3月31日までの受け付け。

茨城県義援金窓口

日本赤十字社 東日本大震災義援金窓口
ただし、平成26年3月31日までの受け付け。

東北復興新聞


By Your Side

私たちに出来ることは少ないけれど
何も無い訳では無い。
明日の被災地のために
みんなの幸せのために・・・・・・

復興支援隊

あれから3年の・・・

3年前の今日までは
まさかあんなことが起こるとは
誰も思っていなかった・・・・・・

3.11、検索は応援になる。

明日3月11日
Yahoo!検索にて
3.11(必ず半角で)と検索すると
1人に付き10円が
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東日本大震災復興支援財団の「一般寄附金」へ
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青森県義援金窓口ただし、平成26年3月31日まで受け付け。

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日本赤十字社 東日本大震災義援金窓口
ただし、平成26年3月31日まで受け付け。

明日は鎮魂の
そして、人と人との絆の大切さに気付いた
復興の始まりの記念日です・・・・・・
復興支援隊
みんなの力で復興へ!!
復興支援隊
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毎日更新してるのだよ!
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おいらって
こういう人!!

かじぺた

Author:かじぺた
人生はラリー!!
目的を的確に遂行!
だと思ってる旦那と
人生はハプニングを
エンジョイ(●⁰౪⁰●)
どーにかなるさ!!
だと思ってる
しょーもない妻との
珍道中記でつ!!

何にでも
興味あり過ぎなので
色々散漫でつ(爆)

ツイッターも
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よろしくねっっ!!



ゾロ目祭り
実施中!!!
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